この映画はもちろんフィクションだ。だがしかし、それはとても熱いフィクションなのだ。たしかレオス・カラックスが監督名で、確かというのも毎度おなじみの記憶に頼る僕のやり方で、ネット上で調べてはない。そこに誤謬が生じるかもしれないが、それはそれでいいだろう。軽い言葉の読み違いだし、新たに構成する新たな呼称になるかもしれないからだ。
かの監督は非常に優れている。ある時期までだが。というのもぼくはかの監督作品を見る機会に恵まれていないからだ。これがジェームズキャメロン監督なら話題にもなるだろう。とはいえこの監督がアート系なり、娯楽性の少ないものばかり撮っているからではない。ご娯楽性も十分あるし、いや、余りあるし、少なくとも『アメリ』くらいは人気が出てもおかしくない。ただし、本作もそんな最近のものじゃない。また、配給方式が、僕の預かり知らぬところであるはずなので、資本という意味ではフランス映画はちと弱い。
ポンヌフ橋をフランスを訪れたメンバーが見たというが(パラノイアのメンバー)、僕の見識が正しければ、現在、残っているその橋は実はモデルのはずだ。つまり橋を作って映画を撮ったが、その橋を壊さずにそのまま使っているのだ。確かそうだと思う。その橋は花火の打ち上げと船の航行、そして川に飛び込んむ二人の男女のためにある。ビノッシュ演じるヒロイン役、そして、奇怪な顔をしたアンヒーロー。恋人役の女性は目が見えなくなる。いやそうだったか、そうなったか。強烈な愛憎と、強烈なひとつ。つまり二人がひとりのように。
トンネルでの棒なにかに火を付けて振り回す男。すべてはその女性に捧げられた哀歌。ちぎれないように必死で男は静かに狂う。いや、狂気まで愛を貫いている。その二人は・・・。
結末はビノッシュによって変えられたそう。監督も自分の彼女には弱い。絶望的な船から川に飛び込むシーンを二人手をつなぎ、まるでハッピーエンドみたいに。カラックスはほんとは川に飛び込み、スクリュウーに巻き込まれるところまで考えていたはずだ。つまりバッドエンド。でもそこに女性の意思が加わって、ほのかな夢の世界にとどめてしまった。本作と似たような、同じ監督作品で『汚れた血』があるが、アート系の子には好かれるが、一般的ではない。少なくとも僕はそう思う。悪いのじゃなく、アート系の人にはおすすめだが、というところ。映画好きならやはり『ポンヌフ・・・』だ。
長くなるのもなんだし、年末の疲れがたまっているので、切り上げます。ほんと何もしたくないが・・・。ではでは。(o・・o)/