フ・シ・ギ

ぼくはここにいる。でも誰もいない。いやそこかしこにいるのだ。この生命というやつ。電車に乗ってりとビルが見えたりする。その中に人々はいて蠢いてるのだ。ここはどこだろう。そう自問自答して、ようやく人々の姿が見えたりする。いきているんだ。電車があり、バスがあり、街を練り歩く人々見る。そこに現代という調味料を入れてみると本当に不思議だ。この世界の上の方には空があり太陽が輝いている。夜になれば頼んでもいないのに月があり、星々輝き夜の空を輝かせている。眠たくなって寝て、朝になれば起きて、知らないうちに太陽はほの明るく部屋を光源のひとつとして取り囲んでいる。あの子も起きただろうか? とかふわっと浮かんでは消えるのは、現実のもとに、つまり光にさらされているからだ。

ほんとフ・シ・ギだ。この世界は一体何から出来ているのだろうか。なぜ人々は生きているのだろう。当たり前のような顔をして、ぼくも街に出る。そこには誰かがいて、誰かが誰かのやることをやっている。目に飛び込んで来る不思議はやっぱり不思議だ。なぜなんだろう。ほんとなぜなんだろう。ぼくにはこたえなどない。思わず絶句してしまう。うまく出来たプラモデルのようにそれでは飛行機が飛び、我が物顔で音速ジェットの音が空から聞こえて気もするのだ。野良猫はぼくの前を走り去ったり、我が家の犬が痙攣を起こし、老衰待ちのその老いた体を抱えていたりする。1億を超える出会いがある。つまり確率がとんでもないくらい大きい場合、人知を超えたとでも言えばいいのだろうか。ぼくらは偶然にここにいる。必然と謳いたいが、ぼくは余りにも大きなものを相手にしているから、必然を考える場合、いや、ぼくには理解できないのだ。

アリたちがどこかにいる。最近見ないがみないだけでいる。どこかに。そういうものだ。ぼくはここにいるし、どこにも逃げない。ぼくは僕であるが、それ以上じゃないことを告白しなければならないだろう。世界の成り立ちが不思議であれ、ぼくは僕に違いない。目に見えるものすべてが不思議で、何一つ理解できない。どんなドラマがあって、目の前に僕の目の前に、なんの文句も言わず掛かってるカーテン。ぼくを取り囲むすべてのものに、ぼくは理解不可能という勲章をあげたくなる。すべての集合体の世界に包まれてぼくは生きている。国同士いつまで争うのか不思議。知らないてことがそれほど残忍になれるのかね。ぼくにもし心というものがあるのなら、そいつを世界のどこかに分け与えたい。さあ、寝よう。明日も早い。
by ningenno-kuzu | 2012-04-03 22:48 | ブログ | Comments(0)

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