11月10日(日)の創作ノートより。うさん臭い言論の自由

うさん臭い言論の自由に、ぼくは人間の弱点を思う。何気ない人間の本質にぼくは自分を殺してるような気がしてならない。
死ぬべき人間は、どこにもいない。だが死ななければ、人間のやることは何もなくなってしまう。自己の存在など、チリアクタだ。
いきてる間は、たぶん何かをしなければならないと思う。その何かをぼくはするだろう。けれど言論の自由は、人々をメイシンやジュウゾクへと導くことだろう。
ちょうど今日は、マイクタイソンとイベンダーホリフィールドのボクシングの試合があった。勝者はホリフィールド。そして、勝者は、神様がどうのこうのとほざいていた。神様が勝たしてくれたんだ、とか。神様がいないことを知っておきながら、よくもそんなことばを吐くものだ。誰もがどこかで気づいているはずだ。神様なんて存在しないと。
物理学者まで、神様を持ち上げやがる。こんなうさん臭い話をどうしてぼくが信用できよう。ローマ法皇は、さぞかしうれしいことだろう。いろんなことを口々に人々はほざいている。アラーの神、エホバの神、仏様等々。
いろんな神様が寝言をいっている。それを真に受けていたら―自分の体をいったいいくつに分割せよ、トいうんだ。ぼくはそんなにキヨウではないし、キンベンでもない。
by ningenno-kuzu | 2012-06-14 08:15 | 創作ノート | Comments(0)

自画像 paint by 魔ギオ


by 穴田丘呼