『巴里を追いかけて』

TRAVERLLING AVANT 編集 | 削除

1988年イスタンブール映画祭グランプリ受賞。「C階段」のジャン=シャルル・タケラ監督作品。

この映画は偶然に見つけた。何年も前に。そしてビデオを買うにいたったが、誰かに貸したかそれとも純粋になくしたかした。そして、某君が中古ビデオを買ってくれてぼくにくれた。

何回もみてるが、いわゆる映画狂の詩だ。それも監督の自伝的なものである。だいたいどんな芸術作品も自伝的な要素はあるもので、いわゆる絵空事を作れる人は、ある意味すごい才能の持ち主かもしれない。ただ小説では絵空事というと批判的な扱いとされるので、あまりいい響きではないが、絵空事それとも自伝的もある一定の基準にたっしていれば、それでもう十分なのだ。

この作品は女1人、男2人の典型的な主人公を持ち、その3人ともが映画にいじょうに取り付かれている。映画を中心にこの3人は時代に翻弄されたり、時にはぶつかり合い未来がある若者を描いている。

映画青年の恋人を失った愛称バルバラは二人のいかれた、つまり映画狂の2人に出会う。そうして3人は貧しい生活の中でもホットな関係を築いていく。三角関係と思いきや、実は映画とそして失われた恋人との複雑で、そしてある時代のフランスの空気を描いている。

これを一般の人にお勧めできるだろうか? たぶん無理だろう。「ニューシネマ・パラダイス」のようなむかしを描いているわけではなく、この映画の中では今を描いているからだ。今にこれだけ熱くなれる人はいるだろうか? まるでキルケゴールの「現代の批判」のようにぼくも一般ピープルは、同じように見える。

こういった人々の目を引くことはないであろう。この作品は。残念だが。だがそんな人々ばかりでないと、ぼくは知っている。知っていればこそぼくはある意味安心しているのだ。

by ningenno-kuzu | 2016-08-18 18:55 | movies | Comments(0)

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