長い時間の旅

ぼくたちは長い時間の旅を続けている。これから先のことは正直わからない。一体ぼくらはそうして何万年という暇を潰してきたことか。そこには生死の連続しかない。ぼくらはその途中にいて、未来を見たり過去を見たりしている。これはタイムトラベルそのものだ。時間が伸び縮みする時間。この不思議を誰も見ようとはしない。この世界を見ずに架空の世界を見ている。そんな虚しいことがあるだろうか。ぼくらは延々と生命を繋ぎ生きながらえてきた。その不思議を誰も考えないなんてどうかしている。一体その人たちにどんな呪いがかけられているというのだろう。そこには自由も平等もない。そんなわかりきったことに誰も言及しない。それが事実であり現実なのだ。こんな冗談でできている嘘の世界なんてぼくはもううんざりだ。とはいえ誰かを悪者にするつもりはない。ある種の善良ささえそういう人たちには見えたりする。しかしながら悪徳な奴はそれを利用して普通のそんな善良とも言える人たちに危害を加える。こんなデタラメなことが横行している。警察は何の役にも立てない。それはわかっているが、そんなとんでもない連中が占める支配層は、何も知識のない人を騙したり平気でする。それで原発反対だと知らず知らずのうちにコンモンセンスになってしまってる。こんなおかしな話はないが、信じたもの勝ちの世界。嘘でも信じる人がたくさんいれば本当になる。こんなデタラメな世界以外僕らの住む街にはないのだ。悲しいかな誰も気づかない。こんな厳然たる事実を誰も看過できないのだ。それこそ経済の奴隷として生きるしか道がない。そこまでアメリカ資本主義は人間のあらゆる価値概念を変えてきた。こんな日本人はいらない。でも仕方がないのだ。ほかに選択の余地がなかったからだ。統一された価値。そんなものは自由ではないし人間らしくない。様々な価値観で構成されそれらが独立してあり、決して争うことのない起立性に身を委ねるなら僕たちはどんなにか豊かに生きることが出来るだろう。すべては平等というわけのわからない平和主義者の論説。平和などどこの世界にもない。そんな子供でもわかる世界のことを我々大人は冗談で隠す。こんな当たり前のことを知らないで生きてゆける。ありえない話だが、これが現実だ。ぼくはこんな世界など本当はいらない。でもぼくにこの世界以外に住むところはない。草刈をして芝生に水をやって生きている。それで時給がもらえるのだ。ただそれだけのこと。こんな悲しい世界。こんな嘘糞の世界。ぼくがその世界と手を切ることになるには、僕自身の死でしかありえない。そうしてやっとぼくは手がこの世界から切れるのだ。だがしかしぼくは生きている。そうして労働をしている。それだけだ。別に疑問はない。お金がもらえる。それでなにか買える。だがそれだけのことだ。何の意味がそこにあるだろう。ぼくらのタイムトラベルはどこに向かうか。どこにワープするのだろう。ぼくは理論武装をして待ち構えている。しかし論戦を張ろうという人はどこにもいない。ぼくはただひとりどこかにいてそれだけで憂鬱になったり希望を見つけたりする。頼りないロウソクの炎が見える。蛇のようにちろちろと舌を出してぼくにアッカンベーをしているようだ。

夏は終わろうとしている。秋のはじめに。穴田丘呼拝。

by ningenno-kuzu | 2016-09-03 17:30 | ブログ | Comments(0)

自画像 paint by 魔ギオ


by 穴田丘呼