ヘルマン・ヘッセ『地獄は克服できる』を読んで。

ヘルマン・ヘッセの『地獄は克服できる』を読んで

ヘルマン・ヘッセはかなり有名な作家であるが、その内実をうかがい知れば、彼の道のりが決して平坦だとはいえないだろう。彼は50歳を超えてやっと平静を手に入れたようだ。
日本においてヘッセがどんな読まれ方をしているかわからないが、たいていの人は10代か20代という年頃に出会っていると思う。

ぼくもそれくらいの年齢で読んだのだが、これといって深くは考えなかった。つまりヘッセがかなり有名だとか、ノーベル賞作家だとか、頭に入れて読んだわけではないのだ。

いく年か前、ある女の子に『車輪の下』読んで泣いた、と聞かされた。そうか、と、思ったが気になるので『車輪の下』を読み返してみた。

泣くところはない。ぼくは泣けるシーンをどこにもみつけられなかったのだ。

この温度差は単に年齢の問題ではないだろう。生まれ持った環境の違いや、勉強で苦労したかしてないか、そんなところもあるのかもしれない。

ぼくの場合勉強で苦労したことはない。いわゆる徹夜で勉強したという人を信じられなかった。ぼくの場合適当にやっててもそれなりの成績を残せたのだ。これはラッキーなことだろうか?

ヘッセの『地獄は克服できる』には彼のほんとの意味での発言がある。その中の小品には彼の天才たる趣の創作があって、ぼくは今頃ヘッセのすごさに感銘してしまった。

ぼくは昔こんなすごい作家の本を読んでいたのだと、いまさらながらにそう思う。そういえば『荒野のおおかみ』は自分のために書かれた小説だと思っていたのではないか? そして一人、ぼくはこの書をぼくだけのものだと勘違いしていたではないか。

どちらにせよ、『地獄・・・・』はヘッセのファンならずとも人にお勧めしたい書である。

by ningenno-kuzu | 2016-12-19 18:12 | 藝術の光と影 | Comments(0)

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