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代えがたい事実と生きていること

代えることのない圧倒的なボリュームである事実という名の我々への回答は「我々はこの世界に生きている」ということだろう。だがその生きるとは? この疑問は幾千年幾万年と形を変えながら我々の生きている上での命題となり、その命題を解くかのようにしてその時代性を受け継いだ価値観を多数生んできた。

地球上の生命の誕生については、奇跡的というしかない。

時代は変わるというが何が一体変わってきたのだろう。進歩をそこにみる人がいると思うが、進歩的なモダンなものというのは、たいてい過去にあった技術を援用しているものであるだろう。僕はそこに進歩はみない。古人のいうところの「この世界には何も新しいものはない」という考えに僕は賛成だ。

人類史というものがあるのなら僕はそれらをうまく運用できないだろう。事実の集積が史実にあるとして、そこでできあがった世界はもう個人が知覚するには限界が存在し、正確さを欠くちょっとした妄想となってしまうだろうと考えられるのだ。歴史の正しい認識は人類にはもう不可能で、もっと不可能なのが、なぜ人類が生存し生存し続けているかということの意味をどのような形であれ手に入れることはほぼ不可能だろう。

人間の営為に意味付けしたり、人間の生きるに哲学的な問いかけを求めるのは、今では陳腐なものであると解釈されることでもあるだろう。

それでも人間は生きている。

僕は現存在に対してとても不思議な感覚が沸いている。なぜ今なのか? という疑問がそんな感覚を生んでいる。僕に死後があるともないともいえないのだ。それは死後の世界の話ではない。僕が死んだ後に何を見ることができるか? 想像でもいい何らかのもの。自分が死ねば世界はなくなってしまうのではないかという疑念がある。この種の考え方は僕のオリジナルではなかろう。とはいえこの不思議は、宇宙の物理的解決よりも難しいとさえ思われる。

延々と問い続けて何らかの人類への手引書を僕は書くべきかもしれない。だがそこには過程はあれど絶対的な正解はないということだけ明言しておこう。





by ningenno-kuzu | 2019-03-23 18:12 | ブログ | Comments(0)

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