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どんなことかな

なにかとせわしない。手にはスマホを持っている御仁。忙しいのだね。まいったわ。楽しみは妄想とは。

ごろりと転ぶ。枝が揺れる。僕のことはかまわない。こいつは死人だ。死人に口なし。

考えることはしない。無駄だ。待ちわびた。在りもしないことを。電車にはねられる人。自殺だな。2万人なら毎日
人が死ぬことになる。だが人口は極端には減らない。余剰人員だ。蟒蛇をそっくり闇の世界へ。

死んだ人は生き返らない。迷宮へと旅立つ。これだけ機械的に処理されると溜息が出るね。数、数字それらはぬくもりを欠く。

人には人の物語がある。あえて言わないが、生体はそんなにシンプルじゃない。

人のこころ。ここに在らず? 確かな手立てを講じて、確証を得たいだろ? そうじゃないか?

偉そうなふりをするな。幸せそうなふりをするな。楽しみは一時期。瞬間だ。あとは地獄の想いが募ることだろう。

明日、もしくは昨日。その順番で果てるのさ。ごきげんよう。

by ningenno-kuzu | 2018-08-12 18:36 | Comments(0)
僕はあるとき弟子の女子に「穴田さんて自由すぎる!」と言われたことがある。僕はまるで空に舞う雲の様だ。しかも風さえも自在に操る雲なのだ。確かに僕は自由すぎる。そのため僕は大変な目にあってきた。僕にはまるで禁止用語がないみたいに振る舞い発言した。僕は知らぬ間に誰からも見放される対象となり果てた。

いや違う。僕はみんなと違って安心という名の大地には住んではいないのだ。安住したように見える人たちは、水槽の金魚みたいに口をパクパクさせて、苦しいともがいている。僕は遠くからそれが見えるが、だからと言って僕が彼らを助けたりはできない。僕との距離があんまりも遠いからだ。

事実というのは大きい。だが人々は虚構にあふれて、そこからまるでおぼれだしたようにあえいでいる。そこには何もないんだよ、と僕が一言述べる。しかしながら誰もかれもそんなたわごとなどを聞く耳はない。

大変な思いをしたね。でもそれは生きることを感じる一つの手段でもあるのさ。苦しみさえ生きていることを証明してくれるならそれは其れでありがたいことかもしれない。途中まで行こう。引き返すことのできる途中まで。僕は全身を大地に預けたときもあった。だが阪神淡路大震災はその地までも揺るがした。現代文明をすべて蹴散らしたのだ。こんな地上が戦火の後のように大きくはねた。何もかもが崩れた。僕には信じるものが、信じべくものがなくなってしまった。

地上は嵐が吹き荒れた。人間の時代が幕を引くというのか。バベルの塔が崩れ落ち、言葉がバラバラになったように、人々は人々の距離はビックバンのように次第に広がり、膨張して関係がなくなるか、爆縮して消えてなくなるか。

星々は人類が滅亡しても輝くのだろうか。遠く果てしない年月を経て、人類はどこにたどり着こうというのだろう。僕にはさっぱりわからない。


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by ningenno-kuzu | 2018-04-17 22:06 | Comments(0)
青の時代と1985にはそれぞれ意味がある。青の時代はピカソによるもので、ピカソのある年代を青の時代としているところからそのタイトルをいただいた。いわゆるぼくの習作時代である。1985年はぼくにとっての一つの区切りだった。その年代にもぼくは生きていたのだ。その年の半ばまで大阪文学学校に所属し、その毎日が本を読むか、書くか、学校に行って学生の書いた作品を批評しあい、そのあと酒を飲んでまた、批評し合った。学校に行くため、毎日新聞三浦新聞店舗で住み込みで働いていた。3畳一間、風呂なし共同便所。テレビすらなかった。いやテレビは必要なかった。学校に行く以外、誰とも話さずに生きて行けた。その学校もぼくが書いた作品が故・高村三郎さんに「盗作か?」などと言われ腹が立ち学校をやめた。正確には行かなくなり、大阪から離れ実家に戻った。そういう年代だ。1985年は。母はぼくが変わってしまつた、と言った。狂気の時代でもある。翌年の冬、ぼくはある人を殺そうと思って、住所だけを頼りにその人の住む町をさまよったが、家を見つけてからその気が失せた。その時のことをぼくは作品化した。ただし今のところ発表する気はない。そのタイトルすら忘れている。創作ノートにはあるはずだ。

「雨の降る日と雲の上」はネット上にあるようなどしゃ降りの雨の日に結婚式を挙げた夫婦の話ではない。冒頭にあるような「一九九五年の大安の日に、それもどしゃ降りの雨の中で、二人は結婚式を挙げた…」にみられるような事実は実は存在しない。まったくのフィクションだ。ただ、一九九五年が意味があるのは致し方ない。いわゆる一九九五年以前に書かれたものであり、未来というものをねつ造し、しかもその未来が実現することはないという確信のもと書かれたものである。「二十一世紀文学」に書いたものであるが、その初出では中略になっている部分が見つかったので、この度が完全版である。幾人かの人に感想を聞いたが、この作がループ小説だとは一人しか気づいてくれなかった。作意など書き手の自己満足なのかもしれない。

「わたしはウサギ」はタイトルからして原本と違っている。岳真也さんがタイトルを変えたのだ。その当時、ぼくはこのことに腹を立てていたが、掲載される方を優先させたため、その旨を岳さんには伝えなかった。タイトルばかりでなく、ラストは削られる始末。約三分の一を三分の一と訂正される。そんな一語においてぼくは気になるので、本所収の中のこの作は、完成度において高いが、文学的変容においては低いと言えよう。実際のタイトルは「できそこないのラブロマンス」だ。ジェローム・ディビッド・サリンジャーからそのタイトルをいただいた。サリンジャーのその作はあまり流通していないという点において継承すべきだと思えたからぼくはそのタイトルを目指した。ぼくはタイトルをつけてから書くというのが、ぼくの書くスタイルだ。かぎかっこを多用したが、そのかぎかっこは北杜夫さんから多くを学んだ。削られたラストはかなりふざけた内容だ。岳さんに跋文を書いてもらう予定がなく、その上、時間が許せば原本どうり発表したかもしれないが、その二つは全く違った作品ととれるだろう。

「小説を書く前に」はアンチロマン。とはいえ皮肉が利いているわけではない。暇にまかせて書いた作品。とにかくぼくは短い作品を書くために短編集ばかり読んでいた。カメラマン時代の作品で、ぼくは結婚式には精通していた。自殺するカメラマンはぼく自身で、それを書くのもぼく自身で、ユーモラスに見えるのは、ぼく独特の映像を言語化する才に尽きるだろう。いわばそれだけの作品だ。

「グッドモーニング・サン<輝ける子らよ、こんにちは>」は大阪文学学校時代の作。同学校の同人誌「樹林」に応募した作。掲載はされなかった。<輝ける…>は故・高村三郎さんがつけたしたタイトル。はっきり言って「樹林」にはふさわしくはない内容。文学臭がゼロなのだ。女性が主人公だが、これがぼくではなく、女性が書いたものであるとしてもおかしくはない。モデルはいるが、そのモデルの過去を知るすべもないので、過去と未来はでっち上げた。その娘(こ)の将来がこうなればいいなという感じで、最後のオチにいたった。少女マンガの活字版みたいなものだ。ただぼくが男性だという面において驚かれる方もいるだろう。書き手は異性であってもうまく書くことができる、とだけ断言しておこう。

「傾向」は雪の街文学賞に応募した作品。みごと落選。今もこの賞はあるのだろうか? 選ばれた作品は読むに値するものではなかった。ただし特に害もおよばさない作だった。ぼくの作はかなりぶっ飛んでいる。傾向とケイコウとケイコウ劇場とこの言葉を使って、架空の世界をでっち上げた。それを散文詩とみるか、破たんした作品世界とみるかで違って見えるだろう。実在の人物でもあるが、雪の結晶写真を撮り続けた農夫のことを書いても誰も知らないだろうし、興味もないはずだ(単なる一節に紹介しているだけだが)。主人公の現実認識が夢、または言葉の世界で閉じ込められ、生きている感覚に乏しいその主人公が向かう先には何があるというのだろうか? その主人公の傾向は…。

「ブックエンド-会話編」は特に読むにかしない。実は「ブックエンド」という書きかけの脚本があり、それを完成させたいが、完成させるまでにかなり時間がかかりそうだと踏んだのでこれを載せた。特に載せる必要はなかった。男と女がいる以上の触手をそそる内容はない。人は小説に男と女が登場するだけで興味をもつものだ。ここには言葉だけがある。その言葉で男と女が存在する。それ以上でもそれ以下でもない。

「ボクとぼくの白い冬」は冬のイメージを徹底的に造形した作である。主人公は美大の学生。絵描きだ。ボクとぼくは同一人物。だれしも内面的に二面性を持ち合わせるものだ。ボクの欲するものとぼくのいうこと、もしくはやっていることが違う。ある芸術家のポートレートして本作は書かれた。冬というものにこだわり、そのイメージを膨らませ、ぼくにあるところの冬を思わせるもので埋め尽くされている。この主人公の喪失感は現在のぼくとはそんなに違わない。だだしぼくは何を喪失したかはわからないが、この主人公はわかっている。

「氷上ブック」はぼく自身がモデルだが、もちろんデフォルメはしてある。それは主人公であるぼく自身がぼくらしくあるというだけでなく、その周りにある世界を氷の本(ブック)と捕らえ、存在不安や言葉の世界だけで遊泳する自己自身が大人であり、その周りに点在する子供たちの世界と分離された、いや、言葉に躓いたぼくが子どもたちが大人の世界、それも杓子定規な大人へと転身する子供たちを不安なまなこで見るぼくが描いた作品世界だ。当り前だが私小説ではない。ぼくは自分がモデルの作品を書いても私小説にはできない。というかならない。ある、からありえる、へいつもシフトチェンジしているからだ。ぼくには私小説を書く人が信じられない。

「戦いにまつわる幻想」は”戦争が終わり前に”と”ロマンチックアーミー”と”南へ”と”戦いにまるわる幻想”という章だてがある。厳密に言うとそれらの作は関連性がないが、キーとなるものがないわけではない。戦争が終わる前には湾岸戦争が出てくるし、その時代なりの記述がみられるが、まったくのフィクションだ。主人公は小さな娘と暮らしているが、妻と別居状態。それを戦争とリンクはさせているが、メインとなるものは子供、自分の小さな娘との関係だ。戦争反対は誰でも言えるし、平和を願うとも誰でも言えるし、それが切実なら言葉にしてみて作品の世界にそれをさりげなく載せるのもいいかもしれない。ロマンチックアーミーは主人公が若い女性。ただ湯船につかって歌を歌うだけなのだが、その歌詞は友人が書いたもの。ここでは明らかにしていないが、歌詞内容は十分男性が書いたものだとわかる。もちろんその歌詞はぼくがねつ造した歌詞だが、出版社側はこの歌詞を既存の歌詞だと誤解してぼくに聞いてきた。南へは全くと言っていいほどぼくの夢見た内容をそのまま作品化した。夢を言語化するとこんな不思議なことが作品となる。あり得ないことだが、夢はそういうものなのだ。あり得ないことからあり得る方向に向かっているので、読んでいる人はそれが夢だとは気付かないかもしれない。戦いにまつわる幻想も夢が絡む。どうしようもない男が小説を依頼される。それも知らない小さな娘が知っていると思っている。あり得ないことを信じてしまった主人公はその娘が自分がでっち上げた作品世界の一人物だとわかるまでにはまるで夢から現実に戻るまでの間を描いた。これら章だてした作品構成は太宰治から頂戴した。これら掌編が夢と現実の境目をうまく表現できていればいいのだが。

「歯―もしくはジャパネスク」はまたもや岳さんの手を煩わせた。ただのジャパネスクが歯―またはジャパネスクになってしまった。この当時もあまりいい気分にはならなかった。ジャパネスクと言えば太宰治でそれをぼく流にしたかったのだが、このタイトルは懲りすぎではなかろうか。もちろんぼくのこの作を読んで一風変わったタイトルをつけてくれたのだろうが、作品内容はぼくの子供の頃の体験をそのまま綴ったと言っていい。ぼくが語る甲斐君は実在の人だ。ぼくがジャパネスクにしたかったのはその言葉のイメージを日本的みたいに捕らえていたからだ。太宰の作品にヒントを得たわけじゃない。

「薬づけのメロディー」はこれも子供を主人公にしている。誰でも子供時代にお医者さんにかかることはあるだろうから、その頃の不思議はそんなに違和感なく入ってくるだろう。ぼくは風疹に罹った頃の記憶をもとにして書いた。子供は大人を良く見ているのだ、ということを知らしめたい作。ごく甘ったるい文章で書いたが、熱病というのを考慮しただけで子供だから甘ったるい文章にしたわけではない。ある言葉を岳さんに訂正されている部分はぼくがまた訂正して本作品にある。岳さんは文章はうまい人だが、言葉のセンスに欠けるんじゃないかと御大を捕まえてふと思う。これは二十一世紀文学の創刊号に載った作。

「P・S」はタイトルは自分で変えている。ノートを見れば原題はわかるが手間がかかるのでみない。うろ覚えで言うと意識の問題だったと思う。変なタイトルだ。主人公は高校生。ただし高校生である、という表現は一切していない。ぼくはどの作でもそうだが、説明しない。若いということを知ってもらうには描写しかないと思っている。そういう意味では読者の想像力に頼る面が大だが、話せばわかるではないが、わかるようにできていることは確かだ。この作で出てくるかくれんぼをした仲という女性とのかくれんぼのシーンは脚本にもある。つまり何回か書いている。経験したことではなく、創作物としてお気に入りなのだ。

「あの透みわたった空から聞こえるセミの声は」は、ほぼ処女作に等しい。これも小節わかれていて、太宰の影響が色濃く見えるが、それは作品の構成であり、内容が影響されているわけではない。すみ(透み)はほんとは澄みなのだが、この漢字だと色が濃くなるので、訂正せずそのまま当て字風にしておいた。”孤笑の人”と”シノニム・synonym-二つの嘘-”と”今だ雨は降りやまず”と”あの透みわたった空から聞こえるセミの声は”で構成されている。孤笑の人はモデルがいる。孤笑というのは、まあいわば造語。大阪文学学校時代に出会ったおじさんがモデルだ。よくわからないがぼくと親しくしてくれた。定年退職していた人だか、詳しくは記憶にない。確か出口さんて名前だったか…。シノニム…は言葉と肉体を言語化した物。しかも男と女の言葉と肉体だ。その中間にある者が海に浮かぶボールを見ているという流れはE.A.ポーのユリイカに影響は受けているかもしれないが、それは海であるというだけで特に共通点はない。だだポーの詩を引用したが、要はぼくが、ある時ぼくのことを観念的と言われたことがあるので、自戒を込めて詩や小説から肉体を取り戻したい、という相反した考えを作品化した物。あの透みわたった空から聞こえるセミの声は、はぼくの世界観をごくモダンに表現した作品。処女作に現れる世界観はたいていの場合その基調は変えないまま作品世界を紡ぎだすと考えているので、正しい正しくないということを考えに入れずにおいてもいいと思う。子供の世界、大人の世界を比較対象し、創作者の権限でもってどちらにも見える、という物だ。どちらにせよこの処女作は変わっている。前後したが今だ雨は降りやまずは、ぼくのお気に入りの作だ。ただ雨の中を銭湯に行く若い青年を扱っているが、落語などを研究していたりしたので、ごくユニークにことは進む。「25歳にして…」と本文にあるが、ぼくはその当時、21歳だった。


以上、疲れ果ててしまった。タイピングをする、コンピュータースクリーンをみる。これにはたまげた。
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by ningenno-kuzu | 2010-09-13 17:26 | Comments(2)

生きてる道化師

何をすべきか? 芸術家は何をすべきか? 生きているこの瞬間に何をすべきか? 道化師のように奇妙に映る我々の影。生きているだけで、後ろ指をさされ、そして、笑われる。嘲笑、苦笑。そらお前らはただの道化師だ。お前らはごみクズだ。無駄に税金を使うな。絵はでは飯は食えない。飢餓をなくせない。だからお前の小説など意味がない。ベストセラーになって、それで儲けた金でせいぜい世界に貢献するんだな、と、言いたいのか?

星空を見ているとそんな声も聞こえない。生きてる。ぼくはそこにいる。星とともにいるのだ。世間様とは無関係だ。いや、世間様には頭が上がらない。彼らは優秀らしい。量子力学はそんな彼らを嘲笑ってるのに、彼らの勇気はいったいどこからわくんだろう。彼らの信念は世間様と折り合いをつけ、世間並みに生きている道理や物理。ぼくみたいに若くして素粒子物理を読んでいた少年はそこにはいない。詩は彼らのものではない。詩はぼくのものだ。理解ではなく、命そのもの。

ぼくは人々から笑われる。まあいわば世間人ではない。世間知らずだ。どうでもいい。ぼくの自由だ。恋愛こそすべてといった北村透谷。縊死した北村透谷。彼の言葉は本物だ。命をかけた詩だったのだ。詩が死んですべてが詩になり、そして、ぼくなどの心を打つ。悲しむべきことに彼はいないが、彼は永遠という名の形容詞の中に取り込まれ、星空のように静かにどこかにたたずんでいる。
by ningenno-kuzu | 2010-04-03 20:52 | Comments(0)

by ningenno-kuzu | 2009-05-05 13:47 | Comments(0)
太宰は確か3度目の自殺行動でやっと自殺を成し遂げた。彼の小説に自殺未遂で自分だけが生き残ったことが許されなかったように書いている。いろいろ小説を書いているが彼に見る自殺、いわゆる情死は彼にどんな憧憬を与えたのだろう? 言っておくがぼくは記憶だけで書いているのでこの情報をうのみにしてくれないでくれ。実際自殺未遂が2度かどうだかわからない。だた多摩川上水で情死したことは確かなことだ。ある文人曰く「すたこらさっちゃん」と情死したらしい(坂口安吾)。ただいわゆる心中ものは小説としてないわけでもなかった。日本国において。

だが、太宰は自分の自殺願望(自虐的であれ)を隠すことなく記録している少ない小説家だ。狂気のにおいさえするその小説群の一部は輝かしくさえ見れる物がある。それは美的ともいえるのだ。『人間失格』のタイトルひとつとってもそうそう思いつくものではない。そうした彼の作品群は今の時代がどう読んでいるのだろうと不思議な気がする。年間において3万人は確実に10年以上自殺者が出ているはずで(この数値もあやふやな記憶によるものである)、このままとぐろを巻く暗黒の経済恐慌が続けば、失業者の選択肢にも自殺が浮き上がり、ひょっとしたら3万3千人をはるかにうわ回る年も出てくるかもしれない。それは主に経済的な理由だが、そうは簡単には自殺者を経済のため、つまりお金のために自殺するわけではないのだ。ことはもっと複雑だ。

太宰の感受性は芸術に一つの形象を与えた。彼の書くものがぼくには魅力的であるのはぼくがぼく自身であるためだろうか? ぼくでなくとも太宰の小説が好きな人もいるはずだ。逆に太宰が嫌いな人もいるはずだと思う。どちらかと言えば太宰治という作家は好悪が先に来て、作品の良しあしではなくその態度に嫌悪感を抱く場合が多いのではないかと思う。自殺した人、しかも心中。自殺を肯定的に見た人(?)などなど嫌われる要素はいくらでもある。格好のつけすぎだとか。そんなポーズを嫌悪する人も多いだろう。だが、ぼくは太宰を嫌いにはなれない。三島由紀生は太宰と座をともにしたとき嫌悪感にさいなまれたそうだ。太宰が取り巻き連中といることに嫌悪を感じたらしい。その三島も形は違え自殺したとは皮肉なものだ。

ヒリヒリと痛い感受性を持った太宰は虚構のポーズをとることでしか自分の平均を保てなかったのかもしれない。彼の薬物中毒は彼の友人たちに精神病院送りにされることになった。それが彼をまた狂わせた。おそらく人間不信にも似た感情を抱くようになったのだろう。彼の錯乱ともいえるその後の小説は読むにたえない物がある。それは小説がこのような物だという観点からで、その小説自身に魅力がないわけではない。体をなしていないだけで、その心象風景は錯乱してるが、その物が面白くないわけではない。で、ふと思ったが今の時代に太宰みたいな作家はいるだろうかということだ。ぼくの知ってる限りそのような現代作家はいない。そういう意味では太宰は稀有な作家と言えるだろう。

彼の小説がひょっとしたら現代の自殺者予備軍に影響を与えたかもしれない。促進したのだ。が、ゲーテの『若きヴェルテルの悩み』みたいに一種のブームみたいにはなっていないと思う。ゲーテは主人公を自殺させたが自分は自殺しなかった。が、その当時の若者たちが影響を受けて自殺したのだ。ゲーテは自殺を主人公に肩代わりさせたのだ。それでゲーテの健康は保たれた。が、太宰は自殺未遂を繰り返しながら、最後には情死という形で死んでしまった。この作家を分析することは大事だと思う、現代において。酒と女と薬におぼれ、それを自虐的に作品化し死んでしまった太宰が、現代において何を問うているのか考えてみるのも悪いことではないと思う。生きる意味を知ることは彼の作品群から抽出できると思う。

太宰の弱さ、それはやさしさだったかもしれない。優れているという漢字の意味を優しいとも読めると表現した太宰であるからで、太宰の没落人生が悲哀を持って眺められる距離がある時代なのだから彼の作品の再評価を待ちたいとぼくは願う。時代により自殺者の傾向は違えど必ず問題点は見つかるはずで、その問題を再考するには小説では太宰の作品が似合っていると思う。人間の弱さや人間の不快さ、もしくは人間に対する不信感。そいったものが太宰の作品には多い。だが美しい小説も書いてることを忘れてはならないと思う。それが本当の太宰であって、その他多数は宿命ともいえる感受性が書かせたものだと思う。最後になったがその美しい作品を一つ挙げろと言われれば迷わず『I can speak 』を挙げる。気になった人はどうぞ読んでください。

短くまた内容がないが、ぼくもこんなことばかり考えてるわけにはいかないのでここで終わりにします。おやすみなさい。
by ningenno-kuzu | 2009-02-03 02:01 | Comments(0)

日記的芸術の秋

性的欲求や欲望はフロイトさんに言わせるとすべては人間界に還元されるそうな。それが正しい間違いなどとはぼくは言えない。そんな話がしたくてここに書きだしたわけじゃない。フロイトの考えがぼくには理解できないのでなんとも言えないのだし、だからといってそれについて語るすべもない。

精神分析学が世に広まったのはフロイトのおかげだが、それが人々を救う最後の手段とは考えにくい。彼の意識と無意識を明確にしたフロイトの功績は大きいが、神経症患者を救えなかったら今のフロイトはいないだろう。何でも功利的に考えるのはよくないが、どんな部類に属する人々も世に認められなければ、または知られなければ誰も知れないままで終わるし、いわゆる無名ということなのだろう。

ぼくの個人的見解によると誰しも芸術家で個性的で変わってるように見える。同じ人はどこにもいないからで、それが当たり前なのにだれも気づかないのが不思議だ。あまりにも違いすぎるのでぼくは戸惑ってばかりで、誰が誰を誰といえよう、と、ふと思う。この世界は言語でできているが、それを個人に適用するなら個人を記録したとしたなら小説となろう。いわゆる芸術に属してるのだ、個人個人は。


自分は平凡で代り映えがしないなどと思っている人がいたらぼくは言ってあげるだろう。「君は十分に個性的だし、芸術家だ」と。なぜ自分に個性を見出せないか、ぼくからしたら不思議すぎる。だが、たいていの人はそうなのだろう。ぼくはここで疑問符に打ちあたる。が、これも結局、個人的な見解であってそれ以外の何物でもないのにはぼくはたまげてしまう。

有名な文人でも無名な凡人でも何も変わらないのにと思う。また、それなりの生を生きているし、どう考えても人間なのだ。これについてはだれしも平等だ。そして悪党も善人も必ず死ぬということ。だからといって悪いことはしないでね。

ぼくはイカレテいるが、他の人もイカレテいる。ようはみんないかれている。これも個人的見解だ。

日記的に芸術の秋を深く(?)考えてみました。
by ningenno-kuzu | 2008-09-30 21:21 | Comments(0)

藝術では人を救えない

人の人間のやるはいかにもという感じ。人間の犯してきた愚考は繰り返される。が、それがぼくにはふに落ちない。なぜ人間のこの醜態は消えないのだろう。生きることは死ぬことだ。誰も生きる意味がないとでも思っているのだろうか? ぼくにはわからない。結論はないんだ。が、人間をずいぶん長いこと見ているとこれは困ったものだ。意味もなくまるで自分が存在してないようなことをはく人間がいる。意気道理は感じるがだからといってぼくには何もできない。それが悔しいのだ。が、ぼくも生きている人間非の打ち所がないわけではない。ああ神よぼくの味わう不幸は生きていていいのだろうか?

神がいないことを知っているぼくは無性に力がない。信じれば救われる人々もいることは知っている。が、ぼくは神を尊敬できない。この世で不幸な目にあっている人が多すぎるのだ。この不幸は来世で約束できるなどと誰が信じればいいだろう? 会えることを信じてうたがわない人もいる。が、ぼくは不幸にも知ってしまったのだ。この世界に神がいないということを。

どうか僕の不幸をお許しください。神様でも仏様でもいい。だれかぼくに信じろと強制できないものか。だが、それもまたおそし。この世界は広いこと、誰にも感化できないこと。それをぼくはしり過ぎている。物理の道理など知らなければすむが、ぼくは知ってしまった。これはまがいもない事実だ。

神なき時代はいつくるのだろうか?
不幸が続く限り無理な話だ。だがぼくはまだ生きている。死ななければの話だが。藝術では人は救えないのだ。彼らはみんな不幸だったから。彼らはどこにいってしまったんだろう。逃げ他のかさては。ゲームは続くのか?
この先は見えるのか見えないのか?
ぼくは完璧に打ちのめされた。生きている事実を受け入れられない。この世界に生きてそれでもよかったと思える瞬間がいつ来るだろう。藝術では人は救われない。このありのままの事実。これを受け入れるのにはぼくは年をとりすぎた。

かなうならこの世界の記述を穏やかにしたい。誰かを助けてあげたい。だが救われないんだ。たった一人も。この世界から救えない。助けてほしい人は多いと思うが、ぼくは何もできない。これもまたしかり。ぼくは一人寂しくこの世の果てのパーティに出席する。もうチケットは完売だ。

もう誰も入れない。ここは一人だ。ここからは。だがいつか誰かが気付くだろう。あの時あの時代を。あの強烈な個性を。個人にしかない個性だ。個人の特性だ。あのカーブ。もう誰もたどり着けない。死んでしまった個性。奪われ謀略させてえるものなどこの世にない。

ぼくはいったい誰のために生きているのだろう。意味がわからない。人が喜ぶのを観たいばかりに道化師を雇った。あの世界はもうないのか。ぼくはいつか知るだろう。自分が自分であるための不幸を。だが嘆かない。その不幸は誰もが持つ不幸。生きているとはそういうことだ。すべてをありのままに生きる。がぼくの不幸はきっと担がれるだろう。がしかし嘆かない。嘆いたとて何もかわらないからだ。

ぼくはまっすぐに生きる。ただそれだけだ。生きている意味を探しながらぼくは生きる。ぼくの甥も大きくなった。だからいつでも死ねるといっておこう。
by ningenno-kuzu | 2008-03-27 02:34 | Comments(0)
年内にこのタイトルの作品をかく。イカレタ話だがぼくにとってまたとない話だ。誰も味わったことのない情景。これは特別であるが、だからといって人に共感などしてもらえないかもしれないが、ぼくも只者ではない。純日本的で牧歌的ではなく、農耕民族の名残ある小説だ。西欧ではけして書かれないものだ。記憶はなくならないかもしれない。生涯において。ただしぼくはぼくの記憶を切り売りする気がしない。だったら誰に向けた小説なのかはてなとなるかもしれない。が、ある意味誰でもいい。ぼくの作品はぼくの体だから。いつか死ぬ体。ぼくは拾い始めた。バラバラになったのはずいぶん前だ。その詩をぼくは書いたが短すぎた。誰にも読まれなかったといっていい。が、数名続きが読みたいといってくれた人がいる。それだけでぼくは救われた。

小説や詩作品は商業ベースに乗るか乗らないかではない。が、現代では乗るしかない。同人誌はあり続けるが、そこで生まれた作品が世に出ても結局作家は救われない。芥川賞は単なるスタートだ。それは直木賞にも言えそうだが違う。直木賞は食える作家の登竜門で食えない作家ははじめから対象外だ。ぼくの知ってる垂水のTさんは直木賞はもらってないが小説だけで食おうと思えれば食える。サントリーミステリー大賞と読者賞をダブル受賞している。映画にもなったしね。ただ彼はそんなに強欲ではないので塾の経営をやめないのだ。いや逆に強欲だからやめないのかもしれない。彼はもう50代のはずでそれも後半か? のはずで専攻が物理なはずなのにぼくと話をしたがらない。重力についてひつこく聞いたのがいけなかったのかもしれない。彼にはわからないからだ。彼はすごく怒ってある日の帰りの電車では口を利いてくれなくなった。

ただ彼はテレビに出てもひかえめな口調で、トーンが変わらないが、ぼくとはかなり話があわない。というか彼は技術者として才能がないので作家になりましたとあほないうことを言う人で、物静かなくせぼくとははなしたがらない。いっては悪いがぼくよりもアホな人なので、これ以上物理について彼と話をすることはあるまい少しすっぱい意見だが、年下をつかまえて激昂するまでではないが、話を打ち切るこのTさんはわからないことをわからないといえない人なのだろう。

これが彼のプライドなのだろうか? 

シーズンはさくらになりつつある。咲いてるか咲いてないか外には出る気がしない。近くの公園では咲くだろう。そのうち。桜の花は日本人のルーツで。日本人が日本人らしさを唯一主張できるひとつのイベントだ。戦歌ではないが同期の桜は過去の日本人の誇りが詰まってる。戦争が正しいとか正しくないかはもんだいではないし、最近の右傾化も問題ではない。親子三代で物事を観る精神分析学は、日本人のこころにも通ずるだろう。戦争は終わっていないのだ。

このさくら・・・は父と子の物語になる。ぼくがみた父だ。そしてはるかむかしの父。はるかというのはぼくが年をとったからで、父と逆方向に進むぼくは過去からだんだんはなれていくのだ。記憶は結局記憶に過ぎない。そんな父と同じ年齢になり、ぼくは考えた。意味のある過去を。生きているという意味で意味がある意味。ぼくの狂気が父まで行かぬとも狂気らしくなり、だがコントロールできるぼくはなんなんだ。狂気は人間のサガかともとも思うし、狂気が人間らしくうつることもある。すべての狂気は人間の歴史とともにあり、狂気が人間を進歩させ、人間たらしめたとも思う。ガリレオがそれども地球が回っているといった狂気の世界は今では当たり前になっている。これも狂気しかりだ。が、美しい狂気はぼくと父との約束にあった。さくらはいつまでも美しい。それは散るからでだからそのはかなさと美しさを誇るのだ。
散り行くきはの狂気。この美しさ。はかなくともとうい思い出だ。
by ningenno-kuzu | 2008-03-23 19:35 | Comments(0)
この著作集は限られた人だけに読まれたことだろう。こと日本においては。


なぜかというに彼の小説をまとめたのは編者であるだろうし、また、この本の装丁が筆者の死んだ姿、というどうも普通の人なら忌み嫌う写真であるからである。もちろんある程度、出版社は本を売ることを念頭においているだろうが、ベストセラーを狙っているとは到底思えない。


というのはヴァルザーが必ずしも恵まれていず、いや、たいていの人たちより悲惨な現実を生き、晩年は精神病院で幽閉されたかのように過ごして、散歩中にどうも死んだらしい。というのもぼくの記憶があいまいで、その本が部屋にもあるにもかかわらず、あえて記憶だけで物を申しているからだ。本を開けばことすむが、そういう手続きは新たな読者に新たに読まれることを願うあまり割愛する。あえて。


この作家の不幸は病気だけだろうか? 病院にいたということはお金があったのか? もしお金があってもこういう不幸な生涯を歩むなら、お金がなくても健康であり、幸せであると感じている人には、彼の生涯は何なのだろう。

この作家はカフカが影響を受けたということで知られているかもしれない。カフカが有名過ぎて、変な言い方だがこの作家が無名すぎたのか?

悲しい現実は埋まらない。ヴァルザーの功績はカフカのほぼ同時代的に生きてなおかつ、カフカに影響を与えたということくらいだろうか・・・。

カフカですら友達が裏切り行為を起こしていなければ、今のカフカはない。カフカが預けた小説を封印するよう頼まれた友達が、カフカの死後裏切った形とはなったが、カフカの小説を世に送ったのだ。もちろん優れていたからカフカの小説は読まれたのであるが・・・。

ヴァルザーはどうだったのだろう? 彼の作品世界はどうだったか・・・。

そのうち読み返そう。きっと面白いと思う。
by ningenno-kuzu | 2007-11-01 23:37 | Comments(0)

自画像 paint by 魔ギオ


by 穴田丘呼